アジアコンテンツフェスティバルin神戸

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【イベントレポート】黒崎輝男スペシャルセミナー(後編)

■後編

2011年5月30日「神戸電子専門学校」ドームホールにて

神戸電子専門学校を会場にしてのACF(アジアコンテンツフェスティバルin神戸)ゴールデンウィークのスペシャルセミナーのラストを飾ったのは、オリジナル家具や雑貨などを扱う(株)イデーの創設者であり、日本のプロダクトデザインの潮流を変えたデザインプロデューサー、黒崎輝男さん。その後編をレポートいたします。

【変化の兆し】

黒崎:変化の兆しが見えてきた社会の中で、ぼくたちが5年くらい前から提示してきたのが「R」。

黒崎:これが凄い大事なキーワードになっている。Rethink,Recreate,Rinovation,,,,,再考しよう、考え直そうと、全て「R」なんですよ。どんどん文明は発展して行く中で「ちょっとまてよ」と再考する。

黒崎:例えば、廃校になった学校をリノベーションして、若い子達が安く入れる事務所にしました。学歴じゃなく学べる学校にした。チャレンジとして授業内で音と映像と言葉を混ぜてHip Hopみたいな掛け合いにしてみた。インタラクティブで、発言があって、参加できる要素があって、学ぶってこともそういうふうになっていくだろうと思います。

黒崎:もうひとつ、「ペダルライフ」という事で、自転車生活のデザイン展をやってみたんです。自転車に乗るって言う事は、働く自転車、食べる自転車や‥。考える自転車としてアップルコンピュータの人も呼んだりした。8.18には、代々木公園に何千人も集めてイベントやりました。PEDAL DAYっていってクループライブやったりして夜中大騒ぎしたりしてみた。そこで、オリジナル自転車を作ろうって事になったんです。今、デザイナーたちがカスタマイズしたりもしました。

黒崎:それから、国連大学の前でファーマーズマーケットっていうのをやり始めました。一昨年くらいに初めて年間100万人くらい来るようになった。で、これらを含めて「Tokyo Design Flow」というデザインのイベントやったり、東京中を自転車で走る「ナイトペダルクルージング」をやったり‥そんな中で変化の兆しを感じてたんです。

黒崎:そうこうしていたときに‥東北大震災。

(震災の写真を見せながら)

黒崎:自転車も何もあったもんじゃない。敷地の境界もわかんない。これが現実なんだ、と認識するために、ベースキャンプを建てようとしたんです。今回は、地震と津波があったので、塩水に浸かっている農家はのでしばらく農業はできない状態です。‥だけど海岸はかえって奇麗になっている。これは凄い事です。現場に触れて、やっぱり大地の声を聞いて自然の摂理から外れない事を考えて開発しなくてはいけないな、と思ったわけ。

【これからの生き方】

黒崎:そこで、これからどうしていけばいいんだろうか?とぼくは思った訳です。とりあえず、これからの拠点として”Heart Quake 9.0”というチームを作ったんです。「Earth Quake」の「h」を前に持ってきた。これはH(英知)を前にというコンセプトです。

黒崎:いままでの戦後の人類の文明は、英知を前でなくクレバーでスマートで売れる商品を作るか?という事しか考えていなかった。でも、ちょっとまてよと。賢い英知を持ってるヒトは農家だろうが、魚屋だろうがいっぱいいる。別にいい大学なんか行かなくても賢いヒトは一杯いる。

黒崎:それを兼ねてHeart Quakeを作ろうと思ったわけ。若い人たちを集めて被災地で色んな事をやろうとしている。ボロ屋を直して移動映画館つくったり、キッチンカーを出してみんなが食べれるようにして‥、当然電線は通ってないからソーラーカーを出そうとも思っている。

黒崎:で、キャンプの中では、先ほどのファーマーズマーケットの様な事をしようと思っている。ポイントは、包装も無くし、ブランディングを無くし、商業支援を無く、作った農作物や食べ物を、アートとデザインを通して売っていくというのがコンセプト。キーとしてはインターナショナルな動きをするっていうのが凄い重要な事だと思っている。

(ファイナルホームの写真)

黒崎:例えば、これはファイナルホームといって、「ファッションが最終的な家なんだよ」「最後は着ている物が最終的な家」と言うコンセプトで作品を作っている、津村耕佑さんの作品。服に新聞紙をいれて暖をとってどこでも暖をとって寝れる、そんなな服を作ってます。

黒崎:また被災地に、オランダ人が考えた袋の様なロッククライミングでも寝れるよという最終的な家を持ってこうと思うんです。最終的な家です。寝るとか、家って言うのは一体どこまで引っ張れるのかをアーティスとと建築家が組んで
色んなプロジェクトをしてみようと言うのが今回僕たちがしようとしていること。

【日本の原風景】

黒崎:そういう事を考えてみると、やっぱり日本の原風景に戻っていくのではないだろうかと思います。明治維新、西洋化っていうのは大事な要素だけど、原風景っていうのは、それ以前にあるんじゃないかと思います。棚田とか。これだったら津波が来ても戻るんじゃないか?と。

(棚田、太平洋の美しい風景写真を見ながら)

黒崎:太平洋はPacific OceanというがPacificはPeaceからきている。もともとマゼランが太平洋を見た時に”なんてピースなんだろう”と言ったのが語源です。20世紀は大西洋側のヨーロッパが主流だったけど21世紀は太平洋側、日本などが文化を創る、人類の流れの中心になるだろうと思う。そこに住んでいるぼくらは、その中心になっていこうじゃないか?という野望を持つわけです。

黒崎:今の人たちは、昔あった自然とか、農業とか、昔からあったものに対する尊敬を無くしてしまった。林業、農業の平均年齢が非常に高く、日本は崩壊寸前まで来てた時に、大震災が起きたんです。だから、また元に戻すのではなく、若い人たちが農業、林業等と繋がれるようにするべきだと思います。

黒崎:ここで言いたいのは、「会社に入る」という事を第一に考えるのではなく、「生業(なりわい))を作って生活をしていく、という江戸時代からあった流れを考える事が大事なのではないだろうかと。

(伊勢神宮の写真)

黒崎:伊勢神宮は建築の大工さんたちの技術を途絶えさせないように、20年に一度新造することによって移しています。これは日本人の知恵です。何度も続ける事で、技術を終わらせないという事をしている。ぼくはこれが凄くいいなと思う。原点を考えて日本の文化を深く読み取って、こういう危機的な状況には、原点に
まっしぐらにいく事がぼくたちがやらなきゃいけないことなのでは、と思います。

黒崎:地球の中で限られた自然の声を聞き、デザインを読み取り社会の流れを考えていくということをやらなくてはいけないと思います。今まで正しいと思って来た、先生や学校が言って来た事。「就職」という考え方。これらを、一度津波で流してみようと。それで、いったい何をどうして生きていくか考える。その、いい時期なのでは無いでしょうかと思います。

黒崎:危険な事には逃げないで向かって挑戦する事が大事。津波がきたら逃げるのではなくに向かっていくように。

 

【黒崎輝男/Teruo Kurosaki 】

流石創造集団株式会社CEO

1949年東京生まれ。「IDEE」を創業し、国内外のデザイナーのプロデュースを中心に”生活の探求”をテーマに生活文化を広くビジネスとして展 開。「東京デザイナーズブロック」「Rプロジェクト」などデザインをとりまく都市の状況をつくることに継続的に取り組んでいる。2005年流石創造集団 (株)。同年9月、廃校となった中学校校舎を再生した『世田谷ものづくり学校(IID)』内に、新しい学びの場『スクーリング・パッド』を開校。2009 年、自由に教え自由に学ぶ「自由大学」を開講。国際連合大学文化顧問。

■KUROTEU BLOG:http://www.kuroteru.com/

【イベントレポート】黒崎輝男スペシャルセミナー(前編)

■前編

2011年5月30日「神戸電子専門学校」ドームホールにて

神戸電子専門学校を会場にしてのACF(アジアコンテンツフェスティバルin神戸)ゴールデンウィークのスペシャルセミナーのラストを飾ったのは、オリジナル家具や雑貨などを扱う(株)イデーの創設者であり、日本のプロダクトデザインの潮流を変えたデザインプロデューサー、黒崎輝男さん。3.11の東日本大震災以降を生きる、すべてのクリエイターに向けられたメッセージ。まずは、その全編をレポートいたします。

●生活スタイルが変わって来た

黒崎:いままでは僕たちは安全で平和な生活っていうのを目指していた。そのためには大きい会社に行き、みんな電波を使いエネルギーをいっぱい使っていた。

(衛星写真を見せる)

黒崎:これは人工衛星から見た日本の様子です。文明が栄えている所程明るいです。大阪、神戸、横浜、東京が煌々として見えている。おじさん達が思っていたのはいっぱいごみを出し、いっぱい電力を使っているのは文明の証だと言われて、きたわけ。こうやって光っている所にヒトが集まるようになってきた。それで都市人口が農村人口を上回って、田舎と都会が逆転して田舎にはヒトがいなくなってしまった。社会全体がそういうふうになってきた。

(新宿、六本木、証券取引所、湾岸の高層マンションの写真を見ながら)

黒崎:こういう所に住んで、大企業に勤める事が唯一の幸せのパターンだと思われていたわけ。これがある種の一瞬の美意識としてあった。

でも、都会にずっと生まれ育って来たヒトは『これ、ちょっとかっこよくないんじゃないかな?』と思いだして来ました。

(ベントレーの写真)

黒崎:例えば、車。質問ですが免許持ってて車乗ってる人はどのくらいいます?

参加者:(1割程)

黒崎:自転車乗ってる人は?

参加者:(半分くらい)

黒崎:新聞は取って見てる人は?

参加者:(少ない)

黒崎:そうすると最近の兆候としては、免許は取るけど車には乗らない、後は新聞は取るけどネットや友達から情報を得る。そういう人が凄い増えている。世の中はこういう風に凄い勢いで変わって来ているんだよね。今、分かったようにそういった文化や考え方も変化して来ている。昔は車等にステータスがあり憧れあった。女の子とかも「あんた何の車乗ってるの?」見たいな(笑)。それが一種のお洒落だった。

(自然の借景を取り入れたブランドショップの写真)

黒崎:例としてファッションの頂点のもエルメスやシャネルなど兆候も変わりつつある。

(マーク・ニューソンの家具の写真)

黒崎:サーファーがこんな彫刻みたいな家具を作ったり、みんなこういうスマートで奇麗なデザインで、若い人たちが見るとちょっと方向が変わって来てるなって皆さんも思うでしょう。兆候は実際に見えて来ている。さっきの、豪華なマンションのイメージとは違うでしょう?

黒崎:「電気をどんどん使っているだけじゃ、立ちいかなくなってるぞ」というのは、デザイナーだとかそれからむしろ若い人の方が分かって来ているのに、おじさん達は相変わらずストックブローカーで金融とファイナンスやって来てるけど、リーマンショックで崩れて来ている。

(靴の写真)

黒崎:これはマーク・ニューソンが作った靴なんですけど、オークションで最初は3万くらいだったが15万くらいになっている。家具デザイナーがサーファーであったり、飛行機作ったりしている。家具デザイナーでスタートした人が靴まで作っていると、そういう時代になって来ていますね。ミュージシャンでも色んな曲を知っている事が前提で、それをどう組み合わせて、どうプロデュースするかみたいな形になって来ているんです。

(ビルの写真)

黒崎:アップルにいる友達のジョナサン、イギリス人だがデザインチームのリーダーなんです。彼もプロダクトデザインやっているが、こういうものを集めていて、、、

(「涼宮ハルヒの憂鬱」アニメのスチル)

黒崎:ナイキの社長のマークパーカーだがその前のフィルナイトがつくった。
元々日本の運動靴を集めてて、それで今は彼もこれをあつめてる。

(「けいおん!」アニメのスチル)

黒崎:実は東京に来ると、彼らは中野ブロードウェイなどでこういうフィギュアを一杯集めてたりする。それは、なぜか?彼らは「日本の若者の動向みたいのが世界のセンスを決めてる」と言っている。それを凄い勉強している。

(パリで村上隆アートイベントの写真)

黒崎:これもパリでやったアートイベントだけど、日本の作家があえて古いクラシックな建物の中で、フィギュアをイメージしたアートを展示している。これが、どういう事かっていうと、日本の社会ではビルが奇麗、プロダクトが奇麗、という一方で、こういうキャラクターだとかの流れがある。彼らは、それが実は「ヒューマンである」と感じているんです。

黒崎:みなさん「鳥獣戯画」って知ってますか?動物、植物なんかの生きてるものを擬人化、キャラクター化するのが、歴史的に見ても日本はうまいんです。それをどう組み合わせ同プロデュースしていくかみたいのがあって、例えば、カオスラウンジのような流れを作っているんです。それが、アートの最前線になって来てるわけです。プロデュース能力。こういうものが、日本が世界に注目されているひとつの流れであるわけですね。

●Wheels for the mind

黒崎:ここで考えましょう。今のような社会に、皆さんは親しみをもっているだろう。だが、どうしてなんだろう?日本の一方では高いビルがが建ってるけど、なんかどっかあぶない。どこか危うい中で、いままでの社会は作られてきた。その中で、アート、音楽、映像が好きでキャラクターがありフィギュアがあるんですよ。

”Wheels for the mind.”

黒崎:この言葉の意味はなんだかわかりますか?これはアップルコンピュータを創業した時に最初に作ったテーマなんです。最初にコンピュータは計算機にすぎなかったけど、伝達の双方向端子になった。それによって情報があっというまに広がってしまった訳です。

黒崎:冷戦中に、ソ連が人口衛生を飛ばした事によって、情報を上から撮られちゃうようになった。情報が筒抜けになると戦争に負けちゃう。そんな所からアメリカは、国防総省に頼んでどうにか守るための情報網を作ろう!という事になった。それが「WWW」。Web(クモの巣)のように、地球を囲って防御するためのコンピュータ網を作ろうと、国家の戦略としてアメリカが始めたんです。

黒崎:一方では、ヒッピーカルチャーの延長でコンピュータ好きの理科系のヒッピー少年が会社を作った。それがアップルコンピュータです。当時、一種のコミューンみたいな状況が西海岸にあった。みんな自転車に乗り、ガレージでコンピュータをつくった。そのときのテーマが「Wheels for the mind」なんです。「Wheels」って自転車のタイヤ。自転車が身近だった彼らにとって、コンピュータは「Wheels」に例えられた。「考えるための一番の武器」として、「自分の身体の一番先にある物としてのコンピューター」という発想があったんです。

黒崎:自転車っていうのは、エネルギー効率が一番良く、自分の力を最大限発揮する乗り物です。コンピュータも同じ。自分の力、自分の考えた事を最大限発揮する
というイメージで作られていた訳です。

黒崎:コンピューターには自転車社会が想定され作られていた。自転車があり、ソーラーパワーがあり、コンピューターがあれば後は何もいらないよ、っていう社会のをイメージして70,80年代につくられた。しかし、金融でうまくいってリッチな感じになってしまったんですが、最近またおかしいんじゃないか思われて来ているわけです。

(アップルコンピュータ最初の宣伝スチル、マッキントッシュPLUSの紹介)

黒崎:自転車とコンピューターだけあればいいという感じです。マウスなんて、最初からなかったわけだから、ネズミに似てるからマウスって呼ぼうよ、とか、スイッチを入れると「hallo」と出るようにしようよ!とか、遊び心があった。ライフスタイルとしても「スーツを着たサラリーマン」じゃない人が儲ける!というスタイルができてきたんです。

黒崎:東海岸と西海岸ではまるで違う。西海岸のコンピューター系の人はみんなジーンズにTシャツスタイルになってきた。ぼくも西海岸の社長に会いにいったけど、入り口のガードマンはスーツ着てるんですが、どんどん偉くなるに連れて服装がダレて来る。最終的に社長はTシャツにジーパン(笑)東海岸は全く逆ですが、君たちみたいなカッコが一番偉いわけ。自由で、クリエイティブで、インスピレーションがあって、デザインもアートも分かってるやつが金持ちになる時代になってきた。

黒崎:実はアップルのデザイナーのジョナサンアイブが、当時、骨董市で何を買ってたかっていうと、ソニーの昔のトランジスタラジオ。

(ソニーのラジオの写真)

黒崎:これ、よーく見るといまのiPodにそっくりでしょ?原点は日本の電気少年たちが作ったもの。それが今のアップルの原点になっている。

黒崎:ナイキのマークパーカーも同じように日本のオタクの物を集めていた人。大企業なのに美大系、デザイン系のヒトが社長になってしまった。「デザイン」っていうのは、社会のキーになって来ている。今の流れは、いわゆる受験勉強をしない人たちが作って来ていると思うんです。

黒崎:ナイキは設立の当時、お金無かったから学生にたのんでパッとマークを作った。それで、ここまで来た。代理店に多額のデザインフィーを払って作ったものじゃない。ちなみに、ナイキの本社なんかは大きな体育大学の様なんでうすが、どこにも「ナイキ本社」なんて書いてない。マークが書いてあるだけ。そういうノリなわけ。時代が凄い変わって来てしまった。

 

【黒崎輝男/Teruo Kurosaki 】

流石創造集団株式会社CEO

1949年東京生まれ。「IDEE」を創業し、国内外のデザイナーのプロデュースを中心に”生活の探求”をテーマに生活文化を広くビジネスとして展 開。「東京デザイナーズブロック」「Rプロジェクト」などデザインをとりまく都市の状況をつくることに継続的に取り組んでいる。2005年流石創造集団 (株)。同年9月、廃校となった中学校校舎を再生した『世田谷ものづくり学校(IID)』内に、新しい学びの場『スクーリング・パッド』を開校。2009 年、自由に教え自由に学ぶ「自由大学」を開講。国際連合大学文化顧問。

■KUROTEU BLOG:http://www.kuroteru.com/

【イベントレポート】ガイナックス武田康廣スペシャルセミナー(後編)

■後編

2011年5月29日「神戸電子専門学校」エントランスホールにて

神戸電子専門学校を会場にしてのACF(アジアコンテンツフェスティバルin神戸)ゴールデンウィークスペシャルの初日に行われた、武田康廣さんのスペシャルセミナーのレポート。今回は後編です。

●ネタを仕事に変えるために

武田:ガイナックスはご存知の通り、アニメはもちろん作っていますが、その他に、吉祥寺でBARも経営しています。シューティングバーといって、エアガンを撃って楽しめるバーです。私は、海外に行った時はわざわざ銃を撃ちに行くくらいの銃好きなのですが、単に好きだからバーをやっている、というわけではないんですよ。

武田:単なるシューティングバーだったら他にもある。マニアが好きなだけで終わってしまうようなバーならガイナックスがやる意味がない。その場所を使って何ができるのか?発展性があるかどうか?それが面白いかどうか?それを考えてやっています。

武田:まず、単に射撃出来るレーンがあるだけでなく、外国の刑事物のテレビドラマに出て来るような、かなりリアルなものにしたかった。ガラス張りで、ドラマの1シーンになるような雰囲気でバーを作りました。そこを舞台にしたアニメや短編ムービーもいま企画しています。

武田:これは、お金だけの問題じゃない。お金が入れば成功、という事もありますが、お金を得られるくらい「面白いもの」を作れて本当の成功なんです。場所を作り、その先に何があるのか?どういった商品が出来るのか?その面白さで、どうやって儲かるか?そこを考えるのが大事です。

●仕事のネタのつかみ方

武田:夜は、シューティングバーのカウンターで仕事をしている事も多いのですが、そうするとお客さんが来る。その時は銃のソムリエをやりますよ。お客さんからどんなエアガンが撃ちたいかお話を聞いたり、楽しんでもらうために、。お客さんと銃にまつわるお話もします。銃というものには背景がありますから、いつ、どんな理由で作られたのか?そんな話をしていると、エアガンの話から、いつのまにか、近代史の話になっていたりします。

武田:オタク的な話でもいいので、対話で話を掘って行く事で、調べモノをしたりすると、仕事のネタが繋がって来る。あ、このネタ使えるなという創造力が働くのんです。

武田:今、考えている新企画のテーマの一つに、フリーダイビングがあります。器材を付けないで、素潜りで果たして何m海にもぐれるか?というのがフリーダイビングなんですが、これをネタにしようと思っています。会社の近所のダイビングショップに、53歳のダイバーがいるのんで、その人の話を聞いたりしていると、あ、使えるな、と思う訳です(笑)。

武田:その人と話をしていたら、フリーダイビングの世界大会がエジプトのリゾート地で開催される、という事を知るんですよ。知ったら、今度はそこに付いていくわけです、。エジプトまで。

武田:移動の際に、せっかくだから、空港からは砂漠を横断して行こうという事になったんです。砂漠は昼間は暑いのですが、夜はかなり寒い。前から話は聞いていたけど、昼間に毛布を渡された時には「こんなものがいるのか?」と思うのですが、夜になると毛布1枚ではとても足りないくらい寒い!そういう体験が実際にあるのです。

武田:また、エジプトのリゾート地に向かう夜の道沿いには銃を持った警備員がいるんですよ。リゾート地なのに、ですよ。いつ、テロリストが襲って来るかもわからないから。日本と違って、エジプトには危険があるわけです。また体験です。

武田:今度は、ピラミッドに行くと、ピラミッドのすぐ横に、ゴルフ場があるんですよ。観光バスの駐車場もあるし、すぐ近くまで地下鉄で行けます。これは驚きました。スフィンクスの目の前には、ケンタッキーとドミノピザがある。テレビ番組で聞いた事はあったけれど実際に体験すると驚きます。人によってエジプトへ行ったなりの体験がある。これは一方的な気まぐれな判断での海外旅行ではないんです。そういう生の経験を通してネタが増えて行く訳です。

●失敗が大事。失敗が個性。

武田:失敗も同じ事。実際に何度も失敗してみないと何もわからないです。自分の作品だったら失敗してもいいんです。言われてやって失敗するより、自分で考えて失敗した事だから経験になります。先生や、大人に言われた事だけをやっていたんじゃダメなんです。少なくともぼくは20代前半から現在にいたるまで、そういうやり方をしてきました。

武田:後悔もたくさんしてきました。これまでに後悔しなかった事は無いです。毎日のご飯の選択にしたってそう。ポークカレーにするのか、カツカレーにするのか?今、話しをしている内容だってきっと後で後悔する(笑)でも、それが大事だと思っています。

武田:なんの後悔もなく人生を突き進んでいる人って、やっぱり付き合いづらいですよ。そういう完璧なやつとは、関係がもたれへん。けど、自分と同じように失敗している人とは関係が持てる。僕は人の名前も顔も忘れっぽい。だけど、何か関係が持てた瞬間に名前も顔も覚えられるでしょう?

武田:失敗をしている人、カンペキでない人のほうが人として個性があります。失敗した時のうろたえ方が個性ですよ。うろたえる姿が、その人の原点かな、と思います。自分で「しもた!」と思った時に、自分のうろたえ方を見る冷静な自分を持つ事。そうすると、自分や周りがよりクリアーに見えて来ると思います。

[プロフィール]
武田康廣(たけだ やすひろ)

1957年(昭和32年)9月12日、大阪・泉州忠岡町に生まれる。

近畿大学原子炉工学科に在籍中に所属したSF研究会をきっかけにSFファンダム活動を始める。
初めて参加したSF大会に触発されて、学生時代よりSF大会等のイベントを企画・開催する。
山賀博之を中心に、映画「王立宇宙軍~オネアミスの翼~」を制作する為に1984年ガイナックスを設立。(発起人、取締役として参加。)
ガイナックス制作のアニメ・ゲームを中心に、プロデューサーとして携わった作品多数。

現在は、ガイナックス取締役・アニメーション製作本部長、京都コンピュータ学院・京都情報大学院大学教授として活躍中。

【イベントレポート】ガイナックス武田康廣スペシャルセミナー(前編)

■前編

2011年5月29日「神戸電子専門学校」エントランスホールにて

神戸電子専門学校を会場にしてのACF(アジアコンテンツフェスティバルin神戸)ゴールデンウィークスペシャルの初日に行われた、武田康廣さんのスペシャルセミナーのレポートをお届けします。

●見よう見まねでやってみる

アマチュア時代に武田さんが作った映像作品などを上映するところから、お話がスタートしました。果たして、気になるトークの内容は?

(「DAICONIII」「DAICONIV」※1のオープニングフィルム。「愛國戰隊大日本」※2のオープニング映像、「帰ってきたウルトラマン」※3のオープニング映像、さらには秘蔵のメイキング映像を上映)

武田:これは80年代に大阪で行われたSF大会というイベントの時に僕が、仲間と一緒に作ったものです。

武田:(「帰って来たウルトラマン」の映像を観ながら)みなさん学生さんたちと同じ年齢の頃ですね。当時ですから8ミリカメラで撮影してます。結構オープニング、出来がいいんですよ。あ、音楽は全て本物のウルトラマンのものを勝手に使っていますね(笑)。

武田:セットも全部紙で作っていますし、ミニチュアも紙。重いと撮影に不便なので、全部紙ですね。動きは手で動かしているだけ。衣装なんかは、スタッフに縫製業をやっている家の子がいたので、そこに頼んで作っていますし、予算はかなり押さえて作られていますよ。

武田:さらに、メイキングまでわざわざ撮っています。なぜかというと、その時「後で売れるな」と思っていたからなんです。当時、海外の映像作品、たとえば「スターウォーズ」なんかはメイキング映像を売っていたんです。それを見て、ぼくらも絶対売れる!と思って作りましたよ。とにかく、全てが見よう見まねでやっていたんです。それが過去から現在に至っています。

●成功からは学べない

武田:言う事聞かないでやるので、失敗してるところが、たくさんあります。でも面白いですよ。そもそも、失敗して後悔しないと何も覚えない。成功すると絶対に覚えませんよ。なぜかというと、次の事を考えますから。「オレもう出来る」と思い込んで他の人に先輩面するようになるだけです。

武田:一個や二個の成功では経験値になりません。たまに成功して褒められるのは嬉しいけど、どこかで失敗しておかないといけないんですよ。私も、その後、色々失敗しています。でもそのおかげでいろんな事を覚えられた。

武田:今はこんな風にスーツを着て仕事をしていますけれど、現場に帰ったら作業服になって作業しますよ。失敗しながら覚えた現場での仕事は絶対に忘れないから、この年齢になっても出来るんです。

●人に見せる事が大事

武田:今度、米子で映画祭※をやるんですが3分の映像をみんなで集めて、観てみようというイベントです。この作品を現在募集しています。3分ならみんなが作れる。今なら編集だってパソコンやiPhoneで出来ます。みなさんも出来たら、送って下さい。とにかく自分たちで考え、何でもどんどん作る事が大切。

武田:本格的な映画を35mmフィルムで作って、映画館で見せるのは大変ですよ。でもiPhoneで作ったものでもいい。3分だっていい。こういったきっかけがあった方が面白いし、他人と比べて「オレの方が上手い」と図にのって、自由奔放にやるのも若さの特権ですよ。僕たちからみたら、若い奴らは自由にやりやがってと思うんですけれども(笑)

武田:YouTubeで流すのだっていい。とにかく、作品を何か作る。そしたら「人を呼ぶ」、「見させる」うまくいけば「買わせる」という事をした方がいい。人に見せて、生で見せて、どのくらい受けたかな?というのを体験する事って、面白いですよ。

武田:大人になって失敗するとダメージがでかい。じいさん、ばあさんになったらプライドの固まりです。若いうちに失敗する。これがいちばん重要だと思います。「失敗せえ、失敗せえ」と、これからの人たちに言うのはおかしな話だけども、少なくとも、僕の経験では「失敗」が大事!大人の言う事を真に受けずに、自分で判断してやってみて下さい。

※1「DAICONIII」「DAICONIV」
それぞれ1981年、1983年に大阪で行われたイベント「日本SF大会」の愛称。
※2「愛國戰隊大日本」
武田氏率いるダイコンフィルム制作、による特撮ヒーローのパロディ作品。
※3「帰ってきたウルトラマン」(ダイコンフィルム版)
同ダイコンフィルム制作によるアマチュア8mm映画作品。

 

[プロフィール]
武田康廣(たけだ やすひろ)

1957年(昭和32年)9月12日、大阪・泉州忠岡町に生まれる。

近畿大学原子炉工学科に在籍中に所属したSF研究会をきっかけにSFファンダム活動を始める。
初めて参加したSF大会に触発されて、学生時代よりSF大会等のイベントを企画・開催する。
山賀博之を中心に、映画「王立宇宙軍~オネアミスの翼~」を制作する為に1984年ガイナックスを設立。(発起人、取締役として参加。)
ガイナックス制作のアニメ・ゲームを中心に、プロデューサーとして携わった作品多数。

現在は、ガイナックス取締役・アニメーション製作本部長、京都コンピュータ学院・京都情報大学院大学教授として活躍中。

【イベントレポート】 さくまあきらスペシャルセミナー(後編)

2011年4月29日「神戸電子専門学校」ソニックホールにて

神戸電子専門学校を会場にしてのACF(アジアコンテンツフェスティバルin神戸)ゴールデンウィークスペシャルの初日、あの桃太郎電鉄の生みの親、さくまあきらさんのスペシャルセミナーが行われました。今回は、スペシャルセミナー再録の第二回です。


●横浜優勝の年、追っかけすぎて「桃鉄」が飛んだ!

-「桃鉄」シリーズは、毎年出しているんですよね。

さくま:はい。毎年です。でも訳ありで1度だけ出なかった。1998年です。なぜなら、横浜ベイスターズが優勝しそうな気配だったので、「仕事はしません」と宣言して、球団を追いかけてしまったからです。

-シーズン中、横浜の追っかけをやってしまったということですか?

さくま:……はい……。甲子園球場で、優勝の瞬間を見ました。

-何試合くらい追っかけたのですか?

さくま:ほとんど全部です。あらゆる球場での試合を全部買って。それこそ友達だのみですよ。その業界の友達に融通してもらって、ほとんどのチケットを揃えたんです。で、終わって気がついたら僕、ラジオ番組のレギュラーが3本増えていた。無理を言ってチケットを融通してくれた友達に、「これだけ協力したんだから、ラジオやってくださいね」って言われたんです。

-長年のベイスターズファンなら、あの年は応援したかったでしょうね。

さくま:38年優勝していなかったからね。これはもう行っておかないと。

-で、その年は「桃鉄」が出なかったわけですね。いやあ、1本飛んでいたとは、知らなかったですねえ。


●震災で物件が被災……復興を願って、今年は発売中止

さくま:実は、今年も出ないの。

-おや、それは一体どうしてなんでしょう。

さくま:ベイスターズは関係ないです。シナリオも完成していたんですが……東日本大震災が起きました。うちのゲームには、あの土地の物件も全部入っているんです。津波の映像を見ていると泣けてきちゃうんです。実際に歩いたところが、みんな流されてしまったから。今、そこには物件がないんですよ。

-リアルにないんですね。

さくま:そこに物件がないのに、知らん顔して出すのはおかしいでしょう。だから今年はやめようと決めました。そして復興して再開したところを取材して、来年以降出せたらいいなと考えています。日本一赤貝のおいしいお店なんかも、ネットだけでしか状況がわからなくて……。お店の人がやっていたツイッターが、「今日もいい天気だ! 一日頑張ります」というつぶやきを最後に止まったままだったりするんですよ……。

-心配ですね……。

さくま:でも、うちの家内がその店の社長さんの名前をインターネットで調べて、色々問い合わせていたら、避難所にいたことがわかったんですよ!そういうこともあるから、向こうの人たちがお店を再開したら、また取り上げるんです。今年1年間はみんな精一杯頑張って、来年以降きっと復活できると思うんですよ。

-なるほど。

さくま:中止を発表したとき、被災地の人から「出してほしい」っていう声があってね。びっくりして、一瞬どうしようかなと思ったんだけど、さすがにちょっと間に合いそうになかった。

-仕方ありませんが今年は出ない、ということですね。


●世界旅行に行きたくなる、初の世界編「桃太郎電鉄WORLD」

さくま:ケータイのほうでは、種類がたくさん出ています。近畿、中国、四国とか、そういうエリアは1周したので、今度は青森とか各都道府県をピンポイントで行こうかと。5月1日からは静岡が出ます。静岡だけの「桃太郎電鉄SHIZUOKA」。

-ずいぶんローカルですね。

さくま:今、東海地方の三重県、愛知県、岐阜県の3県をまとめたものを制作中です。取材の真っ最中。

-さくまさんは、どれくらいのペースで取材に行かれるんですか?

さくま:1年の3分の1くらいが取材でしょうか。100日ちょっと。

-残りは?

さくま:仕事をしています。

-じゃあ全部仕事じゃないですか(笑)。

さくま:そう、僕って仕事しかしていないんです。電車に乗っている間もずっと何か考えてる。趣味は仕事です。テレビの企画、出版の企画などを考えるのも大好きなんです。楽しいから。いわば国王みたいなもので、好きにつくれる。だから楽しい。

-現在発売中の「桃太郎電鉄WORLD」は、どんな内容なんですか?

さくま:「桃鉄」初めての世界編です。

-さくまさんは飛行機が嫌いだと聞いたことがあるんですが、「桃太郎電鉄WORLD」はどうやって取材したのですか?

さくま:そう、飛行機には乗れません。僕は北海道にも電車で行きます。実は、ありとあらゆるDVDを見てつくりました。

-(笑)

さくま:200枚くらい見ましたよ。ナポリならもう歩けます。行ってないけど(笑)。だって、いずれにせよ全部は回れないでしょ。戦場カメラマンの渡部陽一さんだって、20カ国ぐらいですよ。日本編の場合は、地元の方が買ってくれるわけだから、やっぱり実際に行ってないとダメです。でも「桃太郎電鉄WORLD」はそうじゃないでしょ。そこに行ったことのない日本の人が行きたくなるようにすればいいと考えたんですよ。

-なーるほど! それだけのDVDがあれば、すごく勉強になりそうですね。

さくま:うちのスタッフは異様に世界地理に詳しくなりました。テレビのニュースが楽しくなったと言っています。どこそこで事件が起こった、とかね。

-その場所がすぐわかりますもんね。

さくま:「あっ、2マス目だ」なんて言ったりしてます。

-マス目で言っちゃうんですか。

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●元祖「桃伝」「桃鉄」のプログラマーから生まれたiPhone版

さくま:iPhone版の「桃太郎電鉄JAPAN+」の評判が良かったんですよ。やっぱり、指でタッチして送るのがいいみたい。

-ああ、そこはガラケーよりいいですね。

さくま:24年前に「桃太郎伝説」「桃太郎電鉄」のプログラムをつくったハドソンのプログラマーが、「iPhone版をつくらせてくれ」と20年ぶりに現れたんです。その男が、天才なんですよ。本当にうまいの。ただ、iPhoneを持っている人はまだ少ないですよね。東京だけなんですよ。しかも、渋谷と六本木だけ。小田原へ行ったら誰も持っていない(笑)。ギャラクシー・タブもいいですよねえ。あれはほしいなあ。

●「桃鉄」の未来は? 現在、色々な可能性を模索中

-今後、「桃鉄」シリーズをどう進めていくのですか?

さくま:今、それを色々と考えているところなんですよ。まだはっきりしない部分も多くて、確かなことは言えないのですが、「日本のいいところを紹介する」という基本は変わりません。しばらく青森に凝っていたので、今度は九州あたりに行こうかなと……

-「桃鉄」の未来計画はまだ思案中ですが、これからも面白いことをやっていくぞということですね。

さくま:もう来年は還暦なんですよね。

-そうなんですか?!全然60とは思えないです。

さくま:自分でも思わないんだけど、しょうがないよねこればかりは。

-:今日はありがとうございました! あと40年くらいは続けてくださいね!

さくま:無理だって(笑)。
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[プロフィール]
さくまあきら氏
東京出身、1952年生まれ。『桃太郎電鉄』シリーズのゲーム監督にして生みの親。ゲーム製作のために全国各地を駆け巡り、自らの目と舌で情報収集を行なっている。物件駅に登場させる食べ物は、自身が「美味しい!」と感じたものだけなのだとか。

 

【イベントレポート】 さくまあきらスペシャルセミナー(前編)

2011年4月29日「神戸電子専門学校」ソニックホールにて

神戸電子専門学校を会場にしてのACF(アジアコンテンツフェスティバルin神戸)ゴールデンウィークスペシャルの初日、
あの桃太郎電鉄の生みの親、さくまあきらさんのスペシャルセミナーが行われました。

この日のトークでは桃太郎電鉄の開発にまつわるお話をきっかけに、これからゲーム業界に出て行こうとする
学生たちへのアドバイスもいただきました。

●「桃鉄」の企画書は8ページしかなかった

-みなさんもご存じ、ボードゲーム「桃太郎電鉄」の作者が、さくまあきらさんです。1952年生まれ、58歳なんですね。

さくま:1952年って、第2次世界大戦から数えたほうがずっと近いんだよね。戦時中生まれ?なんて言われることもあります。

-ここのみんなは平成生まれですからね。

さくま:平成とか昭和の人間なんていう言い方をよくするけど、うちの娘なんて昭和61年生まれなのに、
僕と同じ昭和の人間って分類されちゃって、かわいそうです。

-みなさんが生まれたころにはもう「桃鉄」はあったんですよね。今年で何年目ですか?

さくま:24年目かな。

-「桃鉄」の前に、RPGで「桃太郎伝説」がありましたね。

さくま:僕のデビュー作です。この4月に初めてリメイクしました。リメイクには、ポケモンをつくっていた初期メンバーがチームに入りました。

-ずいぶん豪華ですね。うわさによると、「桃太郎伝説」をつくるとき、「ドラゴンクエスト」の堀井雄二さんも……

さくま:そうそう。まず企画書が通らないとダメなので、企画書を書いたんですが「協力:堀井雄二」と勝手に入れちゃった。

-勝手に?

さくま:次の日ちゃんと電話で言いましたよ。もう提出は終わってたけど(笑)。その企画書が、24年ぶりに発掘されましてね。プログラマが持ってたんですよ。みんなで見て、「これはひどいよねー」と。3ページくらいかと思っていたら、8ページありました(笑)。

-たったの8ページでゲームを1本つくったんですか。

さくま:当時、『少年ジャンプ』の読者ページ「ジャンプ放送局」を担当していて、その紙面にある土居孝幸のイラストをコピーして企画書に貼り付けて いたんです。だから、その時にまだ桃太郎が出てきてないんですよね、「こんなキャラクターになります」というサンプルもないし、手描きのものがちょっと あっただけで、ほかは何にもありませんでした。一応僕の名前と土居君の名前があって、次がポイント。音楽がサザンオールスターズの関口和之君、協力が堀井 雄二。

-その企画書で通ったんですね?

さくま:通りました。

●スキルを磨くよりも、いい友達をつくるほうが仕事になる

-さくまさんは、当時も今も、友達がすごいですよね。

さくま:偶然、“当たる”んですよ。偶然が重なる。堀井雄二なんて、僕の周りでは「あいつ将来どうするんだろう?」なんて言われるぐらいダメだったし。草野球チームでは補欠だし。

-それは関係ないでしょう(笑)。

さくま:今まで一度もヒットを打ったことがないヤツなんです。うちのチームでは「あいつは野球ではノーヒットだったけど、人生では大ヒットだったな」なんて言ってますよ。

-おあとがよろしいようで。ほかにはどんな友達がいらっしゃいますか。

さくま:「ポポロクロイス物語」を描いた漫画家の田森庸介さん。彼は学生時代の仲間です。当時はみんな、漫画研究会の仲間だったんです。みなさんも 今後絶対に経験すると思うので、ここで断言しておきますけど、この業界では、仕事は友達つながりで入ってくる。というよりむしろ友達にしか声がかからな い。才能は二の次です(笑)。

-えっ!!

さくま:誰がどこに就職して、どうなるかわからない。まあ堀井雄二が「ドラゴンクエスト」をつくったというのは有名なんだけど、漫画『ゴルゴ13』の原作を2作書いていたのは知られていないでしょう。これは彼の大学の漫研の後輩が編集者になって、彼に頼んだからなんです。

-『マッチ棒パズル』もありますよね。

さくま:あれは、出版社にいる僕の同級生が堀井に頼んだものです。その同級生は堀井が有名になったことを知らずに、無名のころのような感じで依頼し ちゃった。堀井は「ドラゴンクエスト」をつくりながら、「マッチ棒を1本ずらすと形が変わる」みたいなパズルの本を書いていました(笑)。僕からもあとで 謝りました。

-断らなかったんですか?

さくま:堀井は基本的に、頼まれると断れない人なの。泣きながらやってましたよ。とにかく、この業界では優れた才能がないとやっていけないと思っているかも知れないけれど、違うんですよ。これは伝えておきたいですね。

-才能はあとからですね。

さくま:最後はお客さんにかかっていますから、買ってくれなかったらいくらコネがあってもダメなんだけど、スタートに立って、準決勝、決勝までは、やっぱり友達ですよ。どんな薄い縁であっても。バカ、バカって言ってバカにしていた出版社の友達なんか、今社長ですよ。

-周りの人が立派になっていったら、自分も影響を受けますよね。今日も、元気をもらった気がします。

●触ると売れる……幸せをよぶさくま氏のカラダ?

-では、「桃鉄開発秘話」を聞いてみたいと思います。僕がいちばん聞きたいのは、どうして貧乏神が誕生したのかということなんですが。

さくま:これは大学時代の漫研の仲間がモデルです。縁起の悪いヤツでね。新しく出たゲームを買うときも、売れないほうを買うんです。

-ああ、引きが悪いんですね。

さくま:昔のビデオもね、ベータとVHSがあって、ベータを選んじゃうようなヤツなの。MacとWindowsが出たら、Macを20台ぐらい買っ てしまったり。だから僕らは、何か買おうと思ったらまず彼に電話をして、「どれ買ってる?」と聞くんです(笑)。あるとき、堀井が「ドラゴンクエスト」で 当てたもんだから、彼もゲームをつくりたいと言い出した。僕らも協力したので、企画は通りました。でも制作が遅れて、翌月にスーパーファミコンが出るとい うときに、ファミコンで発売しちゃった。

-すばらしい!

さくま:全く売れませんでした。そんなふうに、絶対に反対側をとってしまう。いわゆる“持ってない”んですよ。逆斎藤佑樹。運がいい人悪い人、確かにいるんだけど、自分で「おれは運がいい人間だ」って思っていたほうがいいですよ。

-さくまさんに触ると運が良くなるといううわさを聞いたことがあります。

さくま:そのうわさは、知らないうちに吉本興業の芸人の中で広まっていたものです。「触ると売れる」って(笑)。10年前知り合いになった芸人たちの中に、陣内智則君がいます。途中ちょっと神戸らへんでこけたことがあったけど。結婚式も出たのに。

-次、行きましょう(笑)。

さくま:ケンドーコバヤシ君。彼は、しゃべれるようになるまで3年かかったくらいあがり症でしたよ。そして野性爆弾、バッファロー吾郎。バッファ ロー吾郎の木村君なんて、今原宿に住んでいます。でも全然原宿が似合わない。竹下通りを歩いていても、誰一人声をかけないんですよ。でも、キングオブコン トで優勝したよ。

さくま:競馬で当てた芸人もいます。シャンプーハットのてつじ君は、僕を触って、100円を180万円にしましたよ。さらにそのあと、700万円当てたという(笑)。

最近は、吉本の芸人さんと食事をすると、大変ですよ。触られまくるんですから。

-ぜひ触らせてください。

さくま:仕事運は良くなるんだけど、女性運は悪いですよ。

-一番大事なとこがダメなんじゃないですか!(笑)

●つながりを生かして、強引に友達になってしまうさくま氏

-開発の苦労話を聞かせていただけますか?

さくま:うーん……たぶん、他人からすれば苦労に見えることを、苦労と思わないんでしょうね。それに、自分の好きなことをやっているわけですからね。日本中のB級グルメを食べ歩いて、その中で自分の気に入った物件を紹介するんですから、楽しいです。

-では、どんなことを苦労と感じますか?

さくま:アイデア……っていうのも、色々やっていれば出るようになってくるから……強いて言えば、人とのやりとりでしょうか。こっちの方が大事です ね。先ほどから、いい友達をつくりなさいと言っていますけれど、いい友達を見つけることには、苦労があるかもしれません。相手の強みや弱点をよく理解しな いといけない。友達の弱点をカバーしてやれることが重要なんだから。

-友達をよく見るんですね。

さくま:僕は作曲家のすぎやまこういち先生に、無理やり友達になってもらったことがあります。面識が全くないもんだから、「高校の後輩なんです」っていう理由だけで。

-その理由だけで切り込んで行ったんですか?

さくま:やっと仲良くなれて、そのときやっと、すぎやま先生が20歳も年上だってことがわかったんです。後輩だったら、思い切りかわいがってもらえ るよ。神戸電子の先輩だって、同じ業界にいるんだからね。「後輩です!」って連呼して、その先輩の好きな手土産でも持って行けば、会ってくれるかもしれま せんね(笑)。

-後編へ続く

[プロフィール]
さくまあきら
東京出身、1952年生まれ。『桃太郎電鉄』シリーズのゲーム監督にして生みの親。ゲーム製作のために全国各地を駆け巡り、自らの目と舌で情報収集を行なっている。物件駅に登場させる食べ物は、自身が「美味しい!」と感じたものだけなのだとか。

【イベントレポート】 YMCKライブ&サウンドセミナー(後編)

2011年5月29日「神戸電子専門学校」ソニックホールにて

この日は、神戸電子専門学校を会場にしてのACF(アジアコンテンツフェスティバルin神戸)ゴールデンウィークスペシャルの初日。そのスペシャルゲストとして参加した、YMCKにより、ライブ&サウンドセミナーが行われました。今回は、サウンドセミナー再録の第二回です。

●8bitへのこだわり

-YMCKの音楽は、除村さんのお話でもおわかりのように、プログラミングとクロスオーバしてる魅力があります。それと同じく、中村さんの担当しているアニメーション映像も音楽にクロスオーバしてると思うのですが、こちらは中村さんお一人で作っているんですか?

中村:だいたい一人でやりますね。ただ最初のアイディア出しは結構みんなと相談したりしますね。

-こんなソフトがファミコンであったらなーって感じのビジュアルだと思うんですね。でも、実際はファミコンの動作とは違う動きをしていますよね。

中村;そうですね。ファミコンって限定すると難しいので、昔のゲームセンターのゲームくらいの性能まではいいかな?と…

除村:そこがいつもどうしようかって話になってます。本当にファミコンにこだわって8bitの中だけでやるか。でも、それだとつまんなくなっちゃうことがあるんですよね。

中村:あくまでファミコンはベースであれば。

-やせ我慢なとこでもありますね。例えばPS2までは行っては行けないとか。

除村:そこまで行くと、ぼくはもうNOを突きつけて(笑)

栗原:次のPVは…ポリゴン?

除村:(笑)

中村:スーパーファミコンでも「スターフォックス」ってソフトでポリゴンありますから

除村:あるんでしたっけ?

中村:メガドライブもありますし。16bit時代でもポリゴンあります。

-なるほど、ギリギリありでしたね。


●アニメーション表現のひみつ

-あのアニメーション自体はどういった順序で作るのですか?

中村:だいたい、すぐに曲ができちゃってそれに合わせて作ります。

除村:曲に関しては、アイディアをまとめるのには、曲によって違いますが早いやつだと3日くらい。展開が追いつかなくて、1ヶ月くらいかかって作っていくのもあります。

-それに合わせてシンクロしながらアニメを作って行くと。もちろんPCを使っているとは思っているのですがツールは、なにをつかっているのですか?

中村:そんな珍しいものは使ってなくてフォトショップとアフターエフェクツです。

除村:フォトショップはドットでかくとして最強だと思います。

中村:こだわっているのはマウスだったりしますね。ドットを打っていくのでマウスが重要なんです。僕は初代iMacの、まあるいやつが使いやすいんです。人によると思うんですが、僕はオークションで2、3個まとめ買いとかしてます。

除村:まとめていくらぐらいなの?

中村:1000円くらい(笑)世間では人気ないんですよ。ボールマウスですし。

中村/除村(笑)

-ビデオ、アニメーションを作らない曲って、これまでにあるんですか?

除村:あるんですけれども、ライブをやるときは必ず作ります。ない状態のやつはまだ映像がないからとって、ライブでやらないだけ。ライブでやりたいなと思ったら映像を作ります。

-あと最近お仕事の中で印象的だったのは、テレビアニメ「アラド戦記」のお仕事ですね。既存のアニメ作品のYMCKバージョンをお作りになっているようですが、あれはどういうような行程ですか?やはり最初に曲があってから?

中村:そうですね。あれは珍しく僕が曲部分もやってるんです。

除村:実は結構お互いの領域を行ったり来たりしているんですね。みどりが曲を書く事もあるし。割と領域をまたいで、3人でやっている感じです。

-作品ごと、1曲ごとのコンセプトみたいのは3人でミーティングして方向性を決めるというかたちですか?

除村:「アラド戦記」に関しては中村が曲も映像も。

-既存のキャラクターのアレンジバージョンみたいな形でやってらっしゃいましたね。話変わりますが、YMCKキャラクターのパターンは数年前とちょっとずつかわってらっしゃいますよね?それはやっぱりブラッシュアップしていって今の形になってるわけですか?

除村:そうですね。

栗原:でも前のはもう使わないとかって訳じゃなくて、曲によっては出る時もあります。

除村:僕が、最初に作った元のキャラクターがあって、それが本当にドットが粗い、8bit仕様なんですよ。それはアイコンというかシンボルとして表現する時に、もうちょっと解像度が高くて見栄えのいいやつが欲しい!という事になったんです。それで解像度倍くらいにしたんだっけ?

中村:縦横倍?

除村:それで、キャラクターとして少しかわいいバージョンを作って、両方ともたしていこうという形で今に至ったんです。ビデオでも8bitのサウンドを全面にだしたやつは昔の方のキャラクターを使ってます。

除村:さきほどライブでやったエレベータの曲とか、あれはぼくがビデオ作ってるんです。僕がやると凄く8bitなんですよ。そうなると昔の8bitバージョンになっていきます。

●完成形は音楽でなくたっていい

-今お話し聞いてて思うんですけど、「音楽を作ってる」という感じよりも「作品と音楽をトータルしてパッケージされたメディアを作ってらっしゃる」感じがします。それは意識してらっしゃるんですか?

YMCK:そうですね

-それは、完成系がライブっていうことなんですか?

栗原:完成系はいろいろなものを。どういうものであってもいいなって思っていmす。グッズでもいいですし。最初YMCKのルーツは音楽だったんですよ。だんだん8bitでいろいろなものをジャックしてこうってコンセプトで進んでいって、それがまあライブだったり……。

-まずアウトプットが音楽って決めてる訳じゃないんですね?

栗原:そうですね。

除村:音楽を常に中心において動きたいってのはあります。ただ、それだけに限らずって感じですね。そのなかのひとつがアプリであったりとか。

-あれもちゃんとしたYMCKの作品ということですね。

除村:はい

-間口が広いというかアウトプットの幅がひろいっていうのは戦略的な部分がある訳ですか?

栗原:最初は何も考えてなかったんですよ(笑)でも海外に行って言葉が通じなくてもすごいみんなが楽しんでくれたんです。音楽もそうだし、アプリも楽しそうに使っていただいてるのを見て音楽じゃなくても、いろんなことでとけ込めていったら面白いな、挑戦したいなって言う気持ちに変わっていきましたね。

中村:ファミコンというかコンピューターゲームというのが世界で共通言語になってるっていうのは確実にありますね。

除村:どこの国にいっても「Oh Nintendo」っていう反応なんですね。やっぱり、世界のみんなが、小さいときにファミコンとかで遊んで、その記憶が残ってて、そういうものがどこの国でも共通している。

栗原:でもオランダで「マッピー」が通じなかったです(笑)

除村:ちょっと衝撃でしたね(笑)オランダのライブのステージ「マッピーやる」って言ったらシーンってしちゃって、「えっ」て言う感じになっちゃって(笑)その後、「スペースインベーダー」って言ったらワーってなって。

栗原:その後、「テトリス」とかやったんですけど、お客さんは、その後「マッピー」が気になってしょうがなかったみたいで、最後は「マッピー!マッピー!」ってコールが起こったので、結局マッピーやりましたよ。

-海外に出て行くのに、共通言語になるものがモチーフとしてひとつ持ってるって言うのはすごくすてきなことですね。

栗原:今はインターネットで世界中の人と簡単にコンタクトがとれるので、それは大きいですね。

除村:そもそも最初に海外に行ける事になったきっかけがやっぱりネットなんですよ。最初にYMCKが8bitの曲を作ったときに、ホームページに貼っておいたんですよ。そしたら突然メールが来て「ネットで見たぞ」って話になって、あれよあれよといううちにライブが決まったんですよ。その感じでいろいろ始まって依頼ですね。

-表現方法のチャンネルが広がっている時代の中で、YMCKさんのスタンスっていうのはすごいはまっていますね。

●サウンド系の職業を志す人に

除村:今の音楽業界ご存知の通りかなり厳しい状況になってると思うのですが、知恵を絞って音楽業界という事に凝り固まらないで、幅広くアンテナを広げていけば?と思います僕らはそれを念頭においてやっていますので。

栗原:音楽に限らないことですが、完璧は目指さなくていいと思います。今自分にできることをとりあえず誰かに見せてみる。完璧を目指さずに、今の状態をアピールしていくことが大事だと思います。

中村:作品を作る時に、みなさん、楽しんで作って下さい。つまらない気持ちで作った物は何も伝わらないと思いますので。

-心強いエール、そしてステキなライブ。みなさん本当にありがとうございました。

[プロフィール]
YMCK

栗原 みどり:ヴォーカル/作曲

除村 武志:作詞/作曲/アレンジ/サウンドプロデュース

中村 智之:映像/作曲

男女3人から成る8bitミュージックユニット。

2004年に発売した1stアルバム「ファミリーミュージック」の大ヒットをきっかけに、幅広い世代の支持を受ける。また国内のみならず、フランス、スウェーデン、オランダ、米国、台湾、タイ、韓国等、8カ国以上で国際的なフェスやイベントに出演。映像と完全にリンクしたユニークなライブパフォーマンスは、世界的にも高い評価を獲得している。

CDリリース以外にも、楽曲提供、映像制作、リミックス、 DJパフォーマンス、ゲームサウンド・プロデュース、音楽制作ソフトウェア用の8bitサウンド・プラグイン「Magical 8bit Plug」やiPhoneアプリ「YMCK Player」の開発など、国内外において幅広い活動を展開している。

コラボプロジェクト:浜崎あゆみ/いきものがかり/DE DE MOUSE/東京女子流/小学館コロコロコミック「お菓子刑事」/米ケーブルチャンネル・ニッケルオデオン「YO GABBA GABBA」/バンダイナムコゲームス「太鼓の達人」/任天堂「PiCOPiCT」/SCE「塊魂TRIBUTE」/TX系アニメ「アラド戦記」ほか多数

【イベントレポート】 YMCKライブ&サウンドセミナー(前編)

2011年5月29日「神戸電子専門学校」ソニックホールにて

この日は、神戸電子専門学校を会場にしてのACF(アジアコンテンツフェスティバルin神戸)ゴールデンウィークスペシャルの初日。そのスペシャルゲストとして参加した、YMCKにより、ライブ&サウンドセミナーが行われました。

この日のライブでは、YMCKならではの映像とシンクロした楽曲に加えて、iPadを利用したパフォーマンスも行われました。セミナーでは、音楽づくりと連動したiPhoneアプリや、アニメ制作のお話を伺いました。

-素敵なライブをありがとうございました

YMCK:こちらこそありがとうございます

-今日来てくださってるお客様の皆さんはサウンド系に興味のある方々、学生の方々が多いと思いますが、今日のライブを観て刺激になったと思うのですが、その辺を中心にお話お聴きしたいと思います。まずやっぱり一番ビックリするのがiPadを使った演奏。それから、ファミコン的なアニメーションですね。これら、全部YMCKのメンバーが作られているという所が凄いと思いました。メンバー間の担当など、改めてご紹介いただけますか?

除村:はい、僕が、サウンドとさっきのiPhoneアプリのプログラミングをやってます除村です。

栗原:ボーカルの栗原です。主に二人がちゃんと仕事しているか見張っています(笑)。

中村:映像を担当してます中村です。

●音楽とプログラミングはひとつのもの

-まず最初にお伺いしたいのがiアプリですね。実際どういうきっかけで作り始めたんですか?

除村:非常に技術者っぽい感覚と言いますか、元々僕が、プログラミングが好きなんですね。普通に80年代のパソコンのイメージって皆さん浮かびますか?えーっとですね、僕はそういう世代なんですけども…

栗原:マウスがなかったよね。

除村:そう、マウスがないんですよ。それで立ち上げると画面に「ok」とか出てくるんですよ。「ok」ってどういう意味かって言うと早くプログラム打ってください、っていう意味なんです。それで自分で文字でプログラムを打って、グラフィックを描いたり計算をさせたりっていうそういう作りになっているんですね。

-そういう時代でしたね。

除村:で、プログラムを書いたら、それが動く。それが面白いなって思っていたんですね。でも、しばらくWindowsつかっていたんですけど立ち上げるとokが出てこなくなったんですよ

全員:(笑)

除村:しばらくプログラムから遠ざかっていたんですが、iPhoneのアプリが自分で作れるらしいっていう話を聞いて、調べていたら開発環境がダウンロード出来るとわかりまして、そこから始めるきっかけになりました。

-除村さんは音楽畑の方っていうイメージで捉えていたのですが、それとプログラミングをする、という技術者的な部分は両立しているものなんですか?

除村:僕の中では割と一つのものですね。打ち込みの音楽っていうのは音に理系の感じを持ち込む事があるんです。打ち込みの音楽している人ならわかると思うんですが、ツールの使い方を覚えて数字でアサインを指定したりですとか、僕の中では同じ分野に入っていると思います。

-ちなみに会場に来ていらっしゃる方でプログラミングに興味のある方いらっしゃいますか?

(会場挙手)

-チラホラいらっしゃいますね。やっぱりちょっと近い物があるんですかね?

除村:たぶんそうですね。YMCKの音楽でいうと、ファミコンっぽい音を作るのに、専用のプラグインソフトも作っています。

-音楽そのものをプログラムから作られるんですね。

除村:それがYMCKの音の大部分になっていまして、Macをお持ちでしたらガレージバンドが入っているのでそこにインストールしてもらうとファミコンの音がMacで作れるようになります。(※1参照)興味がありましたらダウンロードしていただければと。

-こちらは、ご自身のために作られたのですか?それともファンサービスですか?

除村:実際自分のためなんですけど(笑)。普通のシンセにはファミコンっぽい音って割と入ってはいるんですよ。ピコピコみたいな。それだけだとちょっと……なにか物足りない感じなんですよ。

-こだわりがあると。

除村:そうなんですよ。ベースの音だと、低音がギーギー言って音割れしちゃうのとか、ノイズをだしたときにドカーンって荒々しい音になる、そういうファミコン特有の音が出せるシンセはないんですよ。それで作るしかないかなって思いました。

-ご自身のために作ったけどシェアしちゃおうと。いい話ですね。ちなみに、そういうものを開発する際は、YMCKの活動として、他のメンバーにご相談するんですか?

●YMCK流プログラミング入門

栗原:いや、いつも勝手に作ってて。出来上がってから知って「いいんじゃない?」(笑)って感じですね。

除村:だいたい勝手に作り始めます。作る前から相談しようとしてもものがないので伝わりにくいのでとりあえず作ってみようみたいな。

-デモテープみたいな感じですね。

除村:そうですね。プログラミング組んでプロトタイプですね。面白いね、と言われたら続きを作ります。

-プログラミングって実際どういった行程でつくれるんですか?相当音楽の作り方とは根本的にだいぶちがうと思うので、客席にいらっしゃる方が実際にトライするとしたら一から勉強するしかないですよね?

除村:まあそうなりますね。基本的にMacだと、デフォルトでついてるものがあるので、それを試行錯誤しながらやってます。最近は結構サンプルがついたようなデータのソフトが結構あって、それをサンプルに改造する。そうすれば多少の知識があれば結構できちゃいます。

除村:あと最近googleの凄さを思い知ってます。わからない事があれば検索でできちゃうところが凄いですね。例えばプログラミングで、ウィンドウを半透明にどうやってするか、そういう課題が出たときにgoogleで検索すると出てくるって言う(笑)そういうのをみながら開発してます。

-一緒に開発される方はいるんのですか?

除村:いや、全部ひとりでやりますね。ちょっとしたサンプルを手に入れてそれを少しずつgoogle先生に問い合わせしながらやっていくと結構できます

-音楽関係の方でプログラムと作曲やってる方はほかにいらっしゃるんですか?

除村:あまりきいたことないですね。たまたま80年代の記憶が今生きているというか(笑)

[プロフィール]
YMCK

栗原 みどり:ヴォーカル/作曲

除村 武志:作詞/作曲/アレンジ/サウンドプロデュース

中村 智之:映像/作曲

男女3人から成る8bitミュージックユニット。

2004年に発売した1stアルバム「ファミリーミュージック」の大ヒットをきっかけに、幅広い世代の支持を受ける。また国内のみならず、フランス、スウェーデン、オランダ、米国、台湾、タイ、韓国等、8カ国以上で国際的なフェスやイベントに出演。映像と完全にリンクしたユニークなライブパフォーマンスは、世界的にも高い評価を獲得している。

CDリリース以外にも、楽曲提供、映像制作、リミックス、
DJパフォーマンス、ゲームサウンド・プロデュース、音楽制作ソフトウェア用の8bitサウンド・プラグイン「Magical 8bit
Plug」やiPhoneアプリ「YMCK Player」の開発など、国内外において幅広い活動を展開している。

コラボプロジェクト:浜崎あゆみ/いきものがかり/DE DE
MOUSE/東京女子流/小学館コロコロコミック「お菓子刑事」/米ケーブルチャンネル・ニッケルオデオン「YO GABBA
GABBA」/バンダイナムコゲームス「太鼓の達人」/任天堂「PiCOPiCT」/SCE「塊魂TRIBUTE」/TX系アニメ「アラド戦記」ほか多数

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