アジアコンテンツフェスティバルin神戸

Jump to content.

【イベントレポート】黒崎輝男スペシャルセミナー(後編)

■後編

2011年5月30日「神戸電子専門学校」ドームホールにて

神戸電子専門学校を会場にしてのACF(アジアコンテンツフェスティバルin神戸)ゴールデンウィークのスペシャルセミナーのラストを飾ったのは、オリジナル家具や雑貨などを扱う(株)イデーの創設者であり、日本のプロダクトデザインの潮流を変えたデザインプロデューサー、黒崎輝男さん。その後編をレポートいたします。

【変化の兆し】

黒崎:変化の兆しが見えてきた社会の中で、ぼくたちが5年くらい前から提示してきたのが「R」。

黒崎:これが凄い大事なキーワードになっている。Rethink,Recreate,Rinovation,,,,,再考しよう、考え直そうと、全て「R」なんですよ。どんどん文明は発展して行く中で「ちょっとまてよ」と再考する。

黒崎:例えば、廃校になった学校をリノベーションして、若い子達が安く入れる事務所にしました。学歴じゃなく学べる学校にした。チャレンジとして授業内で音と映像と言葉を混ぜてHip Hopみたいな掛け合いにしてみた。インタラクティブで、発言があって、参加できる要素があって、学ぶってこともそういうふうになっていくだろうと思います。

黒崎:もうひとつ、「ペダルライフ」という事で、自転車生活のデザイン展をやってみたんです。自転車に乗るって言う事は、働く自転車、食べる自転車や‥。考える自転車としてアップルコンピュータの人も呼んだりした。8.18には、代々木公園に何千人も集めてイベントやりました。PEDAL DAYっていってクループライブやったりして夜中大騒ぎしたりしてみた。そこで、オリジナル自転車を作ろうって事になったんです。今、デザイナーたちがカスタマイズしたりもしました。

黒崎:それから、国連大学の前でファーマーズマーケットっていうのをやり始めました。一昨年くらいに初めて年間100万人くらい来るようになった。で、これらを含めて「Tokyo Design Flow」というデザインのイベントやったり、東京中を自転車で走る「ナイトペダルクルージング」をやったり‥そんな中で変化の兆しを感じてたんです。

黒崎:そうこうしていたときに‥東北大震災。

(震災の写真を見せながら)

黒崎:自転車も何もあったもんじゃない。敷地の境界もわかんない。これが現実なんだ、と認識するために、ベースキャンプを建てようとしたんです。今回は、地震と津波があったので、塩水に浸かっている農家はのでしばらく農業はできない状態です。‥だけど海岸はかえって奇麗になっている。これは凄い事です。現場に触れて、やっぱり大地の声を聞いて自然の摂理から外れない事を考えて開発しなくてはいけないな、と思ったわけ。

【これからの生き方】

黒崎:そこで、これからどうしていけばいいんだろうか?とぼくは思った訳です。とりあえず、これからの拠点として”Heart Quake 9.0”というチームを作ったんです。「Earth Quake」の「h」を前に持ってきた。これはH(英知)を前にというコンセプトです。

黒崎:いままでの戦後の人類の文明は、英知を前でなくクレバーでスマートで売れる商品を作るか?という事しか考えていなかった。でも、ちょっとまてよと。賢い英知を持ってるヒトは農家だろうが、魚屋だろうがいっぱいいる。別にいい大学なんか行かなくても賢いヒトは一杯いる。

黒崎:それを兼ねてHeart Quakeを作ろうと思ったわけ。若い人たちを集めて被災地で色んな事をやろうとしている。ボロ屋を直して移動映画館つくったり、キッチンカーを出してみんなが食べれるようにして‥、当然電線は通ってないからソーラーカーを出そうとも思っている。

黒崎:で、キャンプの中では、先ほどのファーマーズマーケットの様な事をしようと思っている。ポイントは、包装も無くし、ブランディングを無くし、商業支援を無く、作った農作物や食べ物を、アートとデザインを通して売っていくというのがコンセプト。キーとしてはインターナショナルな動きをするっていうのが凄い重要な事だと思っている。

(ファイナルホームの写真)

黒崎:例えば、これはファイナルホームといって、「ファッションが最終的な家なんだよ」「最後は着ている物が最終的な家」と言うコンセプトで作品を作っている、津村耕佑さんの作品。服に新聞紙をいれて暖をとってどこでも暖をとって寝れる、そんなな服を作ってます。

黒崎:また被災地に、オランダ人が考えた袋の様なロッククライミングでも寝れるよという最終的な家を持ってこうと思うんです。最終的な家です。寝るとか、家って言うのは一体どこまで引っ張れるのかをアーティスとと建築家が組んで
色んなプロジェクトをしてみようと言うのが今回僕たちがしようとしていること。

【日本の原風景】

黒崎:そういう事を考えてみると、やっぱり日本の原風景に戻っていくのではないだろうかと思います。明治維新、西洋化っていうのは大事な要素だけど、原風景っていうのは、それ以前にあるんじゃないかと思います。棚田とか。これだったら津波が来ても戻るんじゃないか?と。

(棚田、太平洋の美しい風景写真を見ながら)

黒崎:太平洋はPacific OceanというがPacificはPeaceからきている。もともとマゼランが太平洋を見た時に”なんてピースなんだろう”と言ったのが語源です。20世紀は大西洋側のヨーロッパが主流だったけど21世紀は太平洋側、日本などが文化を創る、人類の流れの中心になるだろうと思う。そこに住んでいるぼくらは、その中心になっていこうじゃないか?という野望を持つわけです。

黒崎:今の人たちは、昔あった自然とか、農業とか、昔からあったものに対する尊敬を無くしてしまった。林業、農業の平均年齢が非常に高く、日本は崩壊寸前まで来てた時に、大震災が起きたんです。だから、また元に戻すのではなく、若い人たちが農業、林業等と繋がれるようにするべきだと思います。

黒崎:ここで言いたいのは、「会社に入る」という事を第一に考えるのではなく、「生業(なりわい))を作って生活をしていく、という江戸時代からあった流れを考える事が大事なのではないだろうかと。

(伊勢神宮の写真)

黒崎:伊勢神宮は建築の大工さんたちの技術を途絶えさせないように、20年に一度新造することによって移しています。これは日本人の知恵です。何度も続ける事で、技術を終わらせないという事をしている。ぼくはこれが凄くいいなと思う。原点を考えて日本の文化を深く読み取って、こういう危機的な状況には、原点に
まっしぐらにいく事がぼくたちがやらなきゃいけないことなのでは、と思います。

黒崎:地球の中で限られた自然の声を聞き、デザインを読み取り社会の流れを考えていくということをやらなくてはいけないと思います。今まで正しいと思って来た、先生や学校が言って来た事。「就職」という考え方。これらを、一度津波で流してみようと。それで、いったい何をどうして生きていくか考える。その、いい時期なのでは無いでしょうかと思います。

黒崎:危険な事には逃げないで向かって挑戦する事が大事。津波がきたら逃げるのではなくに向かっていくように。

 

【黒崎輝男/Teruo Kurosaki 】

流石創造集団株式会社CEO

1949年東京生まれ。「IDEE」を創業し、国内外のデザイナーのプロデュースを中心に”生活の探求”をテーマに生活文化を広くビジネスとして展 開。「東京デザイナーズブロック」「Rプロジェクト」などデザインをとりまく都市の状況をつくることに継続的に取り組んでいる。2005年流石創造集団 (株)。同年9月、廃校となった中学校校舎を再生した『世田谷ものづくり学校(IID)』内に、新しい学びの場『スクーリング・パッド』を開校。2009 年、自由に教え自由に学ぶ「自由大学」を開講。国際連合大学文化顧問。

■KUROTEU BLOG:http://www.kuroteru.com/

現在、コメントフォームは閉鎖中です。


Read more

«
»